1年

あれから一年経った。

前夜、TRIOで佐藤浩一くんらと演奏し、その日は山田貴子さんと小美濃くんとで演ることになっていた。

激しく長い揺れ

テレビで生で流れる津波の衝撃

近くのコンビナートの爆発

様子を見に行った実家周辺の液状化

ぶくぶくと湧き続ける真っ黒な泥水には恐怖した。

そして原発事故


一年経ってもまだ鮮明に覚えているし

忘れてはならない。


微々たる支援もさせていただいた。

千葉のミュージシャンたちや音楽ファンの方々もチャリティーに。

徳田雄一郎くんに誘われて東北支援ツアーにも行かせていただいた。

現実に見るその惨状はテレビでは伝わらないと感じた。



今でも一般の民の多くは純粋に支援を続けようとしているはずだ。

しかし

国や東電をはじめとする経済体はどうなのだろうか。

「純に」という部分がどのくらいの割合であるのだろう。

いまや災害を神やあるいは人知を超えた大きな力による何かの警告や啓示として受け止めてきた時代ではない。

現代ではそれに対する畏怖の念が薄く

多くは現実の利害で動く。


核といえば

世界で最初に核爆弾を落とされ

南の海で名もなき善良な漁師たちが被ばくした。


人類で最も核によって被害を受けた日本人が

日本が

なぜ

原子力を受け入れたのか。

一時にもろ手を挙げて受け入れたのではい。

最初は拒絶していたはずだ・・・


しかし

資源のほとんどない日本で

エネルギー確保という名目のもと

原子力が推進されてきた。

だが真実はどうなのか・・・



国や電力会社は自利しか考えていない。

そしてそれの利権にむらがる自治体、経済体。

それらによって

騙され

何の疑いも持たないようにされた住民。

そして

徐々に

全日本人が麻痺した。



この期に及んで

原発再開の動きが国を主導に始まっている。

さらに

原発周辺地域がいかにも帰ることができるようになるという宣伝?も始まった。


チェルノブイリを見よ。


本当に帰ることができるのか。

原発は動いていなくても安全ではない。

まして安全装置や設備の崩壊している福島でまた何かあったら。

この先数十年あるいは何百年というスパンでリスクのある地域に

帰村の期待を安易に与えてよいのか。

もっともっとこの放射能に対する処置は冷静に深く考えるべきだと思う。

何かあったら(もうすでに起こっているのだが)

他の原発も含めて

何かあれば

日本が滅びる可能性があることを福島が示した。

それに対する答えはもうわかっているはず。


このまま数年後に

何事もなかったように各地で原発が再開されたら・・・

残念ながら

そうなる確率はかなり高いのではないか・・・


我々は試されている。




直下型地震が迫っているということが明白な首都に

世界一高いタワーを建てたり

超高層ビルで街を埋め尽くし

国の機能を

経済の機能を

そこに集中させている。

これでいいのか。

危険性が高いことが明白なのに

利便性や

利益優先の結果で物事を動かすのであれば

何と愚かなことか。



いい気になって建てたあのスカイツリーが

バベルの塔にならなければいいと思う。



そして、

私は

自分にできること。

自分のすべきこと。

ありきたりな言い方だが

そうやってまた生きていくしかないのだろう・・・


・・・一年経った・・・
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by hardrum | 2012-03-11 10:23 | 雑記
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